<サンクトペテルブルグの歴史概要>
フィンランド湾に注ぐネヴァ川の河口に広がるサンクトペテル
ブルグは、18世紀初頭、ピョートル1世(大帝)によって造ら
れた人工都市です。
この都市を『ヨーロッパに開く窓』としてロシアは、近代化に
向けて変貌を遂げていきます。
ピョートル大帝により造り出された新都サンクトペテルブル
グを、ドイツ出身の女帝エカテリーナ2世が充実させました。
二月革命によりニコライ2世が退位する20世紀初頭までの
間、サンクトペテルブルグは、ロマノフ朝ロシア帝国の中心
であり続けました。
<サンクト観光1日目>
宿泊ホテルから市内中心のカザン聖堂まで、シャトルバスが
出ている関係で、本日の最初の目的地、エルミタージュ美術
館へは、ネフスキー大通りを、旧海軍省に向けて歩いて行く
ことにしました。
ネフスキー大通りを文学喫茶で右折、旧参謀本部のアーチ
から宮殿広場の向こうに、碧色の建物エルミタージュ国立美
術館が見えます。
この『隠れ家』という名前を持つ美術館は、パリ ルーブル美
術館、ロンドン大英博物館と並び賞される超一級の美術館・
博物館で収蔵されている絵画、彫刻などのコレクションもさる
ことながら、現在は美術館として使われている歴代皇帝(ツァ
ーリ)の『冬の宮殿』であった建物の装飾もすばらしいものが
たくさん残っています。
ところで、日本の国立西洋美術館が、戦時に没収されていた
松方コレクションをフランスから返還されて、その基礎が作ら
れたように、美術品と国際政治力は深い関係があるようです。
エルミタージュ美術館にも、その痕跡が。

下の写真は、ロシア帝国の国章『双頭の鷲』
これはイワン3世(大帝)が、オスマントルコに滅ぼされたビザン
チン帝国(東ローマ帝国)から、引き継いだもので、ギリシャ正教
もロシア正教として引継ぎ、ルーシ族におけるキリスト教最大の
庇護者の立場を確立します。
ちなみに、日本人がギリシア人と結婚するためには、まずロシア
に行って洗礼を受けて後、ギリシアに行って、ギリシア正教徒に
なる必要があるようです。シドニー在住のギリシア人・日本人夫妻から聞いた話です。
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