2006年10月 7日 (土)

ラディソンSAS・パレ・ホテル

ミュンヘン経由、約12時間のフライトを経て、音楽の都ウィーンへ到着。
ザルツブルクへの小旅行をはさんで、ウィーン滞在前半はラディソンSASパレホテルへ宿泊します。
このホテルは『パレ』という名前が示す通り、19世紀に建てられた宮殿を改造した重厚なホテルで、リンク沿いにあり、黄金のヨハン・シュトラウス像で有名な市立公園に隣接しています。
    
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ホテル外観
  
リンクとはリンクシュトラーセの略で、ウィーン旧市街を取り巻く環状道路。道幅60mの石畳には路面電車も走っています。
このリンクは19世紀、ウィーンの近代化に向けて、実質的な最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世により、かつて、オスマン帝国の侵略からウィーンを守ってきた城壁を除去した後に建設されたもの。
このリンク内を1区として、ウィーンは23区とドナウ川・運河、ウィーンの森、そしてハプスブルグ家の遺産から成り立っています。
    
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ホテル内部(休憩室)
  
  
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ホテル内部(食堂)
  
  
部屋は最上階のリンク中心街向き。
窓からはウィーンの象徴、シュテファン寺院が望めます。
チェックイン時間が遅れて、普通の部屋が埋ってしまっていたか、あるいは、シーズン前で部屋が空いていたのか?
ともかく、うれしい誤算です。
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窓からの景色(尖塔がシュテファン寺院。 他にもライトアップされた市庁舎や王宮を望むことができる)
追加情報
ウィーン国際空港から国鉄で約25分、3ユーロ(約400円)で、ウィーン中心街へ到着。
30分間隔で列車が発車しているので、大変便利です。
また、シャトルバスを利用しても6ユーロと安価ですので、旅なれていない方は、こちらをどうぞ。

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グランドホテル、インペリアルホテル

時差の関係で、現地時間午後11時にはベッドへ。そして、いつもの睡眠時間がたつと、自然と目が覚めてしまいます。
そこで、新しく買ったデジカメ用のスノークロスフィルターをためすために、夜の街に出てみます。このフィルターをつけると光から6本のフレアーが出ているように写真を撮ることができます。
写真を撮りにホテルを出たのが3時過ぎ。あまり、遠くに外出するのも物騒なので、近くの超!高級ホテルの写真を撮ることにします。(三脚なし)
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 上下ともグランドホテル
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ちなみに、この時間にもかかわらず、たくさんの歩行者がいて、自動車が走っていました。
さて、このインペリアル、グランドホテルとも旅行ガイドには必ず先頭で紹介される最高級ホテルで、特にインペリアルは、国賓の迎賓館としても使用されているようです。
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  インペリアルホテル
両ホテルとも、国立オペラ座(世界3大オペラ座の一つ)とムジークフェライン(ウェーン・フィルの本拠地、ニューイヤーコンサートなどで有名)の近くにあります。 
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市立公園(ヨハン・シュトラウス像)

ドナウ川の支流、ウィーン川の両岸に設置された広大な公園。
ここにウィーンの象徴である黄金に輝く『ワルツ王』、ヨハン・シュトラウス2世の像があります。
彼の父親、ヨハン・シュトラウス1世は、ウィーンのワルツを確立した『ワルツの父』。 彼のワルツに、ウィーン会議各国代表者が陶酔したため、『会議は踊る、されど進まず』という
言葉が残っています。
いまでも、遅々として進まない状況を『踊る』と表現します。
(・・・大捜査線とか?)

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オーストリアがプロイセンとの戦争に負け、人々が意気消沈していた頃に作曲された『美しく青きドナウ』。
発表当初は無題で、歌詞も今のものとは異なった大衆歌謡が、後に、ハプスブルグ帝国の第二の国歌に。

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他の代表作は、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇妃エリザベーとの結婚を祝い作曲された『ミルテの冠』、城壁の撤去工事にちなんだ『取り壊しポルカ』、オペレッタ(喜歌劇)の代表作『こうもり』等
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シュテファン寺院

リンクのほぼ中央にあるシュテファン寺院。この写真のさらに左側に、シュテッフルの愛称で呼ばれる約140mの塔が建っていますが、補修中のためか大きな幕で覆われていました。
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        ケルントナー通りからみた寺院
この塔には、階段で登ることができますが今回はパスしました。(あまり高いところが得意ではないので)
ちなみにメキシコのピラミッドには登っていますので、高いところ全般がダメというわけではないようです。

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      正面入り口(後期ロマネスク様式) 
リンク内の旧市街のうち、この寺院より北側の部分は、紀元1世紀頃に築かれたローマ軍の駐屯地跡から発展した地域。
これが、ゲルマン諸王国時代にドナウ川を防衛線とする東南の軍事拠点としての植民地オストマルクに発展し、『東の国』(ドイツ語:エースタライヒ/ラテン語:アウストリア)へ発展していったようです。 
<うろ覚えなので、いい加減かもしれません>

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     屋根のモザイク(外観はゴシック様式)
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      モーツァルトの葬儀の記念碑 (?)
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      正面入り口から主祭壇を望む
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           主祭壇(バロック様式)

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王宮(ホーフブルグ)

コールマルクトを、右手にデーメルを見ながら、ミヒャエル広場に向かって下っていくと王宮の表玄関、ミヒャエル門に到着。 この王宮は増改築を繰り返しながら、600年に渡り、ハプスブルグ家の居城であり続けました。
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ミヒャエル門の中に『シシィ博物館』や『皇帝の部屋』として公開されている王宮の内部への入り口があります。
また、門をくぐりぬけた中庭には、最後の神聖ローマ皇帝フランツ2世の像があります。
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             フランツ2世像
ウィーン少年合唱団で有名な王宮礼拝堂と、中庭とを結ぶスイス門。 
このスイス門は、跳ね橋のなごりで、かつてこの辺りには堀がありました。
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下の写真はヨーゼフ2世の像。
ヨーゼフ2世はフランツ1世、マリア・テレジアの子どもで、フランス国王となるルイ16世の王妃マリー・アントワネットの兄です。
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シシィ博物館、皇帝の部屋

シシィ博物館
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇妃エリザベート(愛称シシィ)の半生について展示された博物館。
彼女は、皇后としての儀礼的な生活を嫌い、病気療養を口実に、日々を旅行で過ごすことが多く、また、皇帝も彼女が自由奔放に過ごすことを認めていたようです。
当時のヨーロッパでは、女性がプロポーションを保つために運動を行う習慣がなかったなか、彼女は乗馬や狩りも得意だったようです。
その甲斐もあって、長年、身長170cm以上、体重50kg(そのうち、髪の重さが5kg)、ウエスト50cmというプロポーションを維持していたようです。
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星のドレス』とよばれる舞踏会衣装、『シシィの星』とよばれる髪飾りをつけたシシィの肖像画。
博物館には、シシィのつけていた装飾品のレプリカが展示されていました。また、市内には、当時そのままに再現されたものが売られています。(シシィの星、一つ 30万円から)

皇帝の部屋
王宮にある2500以上の部屋のうち、フランツ・ヨーゼフ1世の執務室や居室、エリザベートの化粧室兼体操室など、約20部屋が公開されています。
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毎朝、床に届くほど長い髪の手入れをしてもらっている間、エリザベートは、ギリシャ語の詩の朗読を聴き、自らもギリシャ語で詩を作っていました。
彼女は、ドイツ語(出身はドイツ連邦バイエルン王国)や、宮廷内での公用語であるフランス語、そして、ハンガリー語やギリシャ語などに精通していたようです。
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部屋の奥に、ドアからつるされた『吊り輪』と、壁際に置かれた器械体操用の運動器具が見えますか?
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シシィ博物館や、皇帝の部屋を訪れる時間のない方は、ぜひ、王宮横のフォルクス庭園のブルク劇場側に、純白の
エリザベート像がありますので、見てみて下さい。

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国立オペラ座ガイドツアー

世界3大オペラ座の一つであるウィーンの国立オペラ座のガイドツアーに参加しました。
今回の旅はオペラ鑑賞よりコンサートを優先したので、このガイドツアーに参加できないとオペラ座の中には、一切入れないことになってしまいます。

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オペラ座正面の階段
3時からガイドツアーが開催されるという事で、開始ちょっと前に入り口に並び、無事日本語ガイドツアーに参加することができました。なにやら周りは日本人団体客(←平均年齢かなり高い)のようです。
英語、ドイツ語のガイドツアーも同じ時刻に開始されましたが、お互いがかち合わないように、見学する順番がそれぞれ違うようです。


ガイドツアー/日本語ガイドツアーは毎日あるわけではないので、事前に
国立オペラ座ホームページで確認しておいた方がよいでしょう。
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 観客の休憩室。カラヤンの胸像が。 
 オペラ座のゼネラルスポンサーはトヨタ。


ホールの様子

地階の中央部分は立見席。
体力に自信があれば、500円程度で鑑賞することができます。(3時間立ちぱなしは、ちょっとキビシイ)
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下の写真は、オーケストラピット。
ここで演奏する楽団員のうち、選別された人たちが、ウィーンフィルの楽団員になります。
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ガイドツアーが終わり、ザッハーで一息ついているとどこからか正装した、
しかも全身黒ずくめの人たちが集まってきました。 
正装がきっちりキマッている人も、そうでない人も、続々、オペラ座の中に吸い込まれています。
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ザッハー

トルテで有名なザッハーホテル(レストランを兼業)
オペラ座ガイドツアー後の休憩として、ザッハートルテをいただきます。
当然、デーメルのザッハートルテと食べくらべてみるつもりです。

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ザッハーのトルテにはアンズのママレードが入っています。
スポンジ部分にも、たっぷりチョコレートが染み込んでいて昼食の代わりにもなるくらいのボリュームが。
ザッハーでトルテを食べていると地元のビジネスマンらしき男性5、6名がやってきて、近くの席で打ち合わせを始めました。いったい彼らは何を頼むのか興味津々で見ていると、やはり、コーヒーとザッハートルテ。
ウィーン子の甘党さ加減は筋金入りです。

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トルテとメランジェ(コーヒーと泡立てた温かいミルクを半々に入れたもの。ウィーンでもっとも一般的なコーヒーの飲み方) 日本のウィーンナーコーヒーのイメージに一番近いのは、アインシュペナー(モカコーヒーにホイップした生クリームを浮かべたもの。/下の写真/なぜか水が一緒に出てくる。)

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ところで、デーメルでも『ザッハー』トルテを売っているのは、ザッハーが経営不振となった際に、デーメルは援助する見返りとして、デーメルでもザッハートルテを作ることを認めさせたことによります。

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2006年10月 8日 (日)

王宮宝物館

一族から神聖ローマ帝国皇帝/オーストリア皇帝/スペイン王/ハンガリー王/メキシコ皇帝などを輩出した名門ハプスブルグ家。 婚姻政策によってヨーロッパに『日の沈むことのない大帝国』を築き上げました。
それゆえに、王宮の宝物館には、様々な国の宝物がつまっています。
一番印象的だった王冠の写真を集めてみました。
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ちなみに博物館の中は撮影OKですが、フラッシュ・三脚使用不可のため、展示品保護のため暗くなっている室内での撮影は、かなり大変です。明るいレンズのカメラは必需品です。
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ブルク庭園、フォルクス庭園

旧市街を取り囲むリンクを歩く。 木漏れ日の中を散歩するのは気持ちがいい。
このリンク(環状線)の道幅は約60メートル。道の両側には、歩行者用と自転車用の通路が十分にとってあり、車やトラムを気にすることなく、安全に散歩を楽しめる。
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オペラ座からリンクの散歩をスタートして、リンクの内側で最初に現れる公園は、ブルク公園。次は、王宮・新王宮前の公園。そして、ブルク劇場前にフォルクス公園がある。
  
ブルク公園にはモーツァルト像が、フォルクス公園には、シシィ(皇后エリザベート)像が置かれている。
 
 ↓ブルク公園モーツァルト像
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 ↓フォルクス公園  
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        シシィ(皇后エリザベート)像

リンクの外側にもたくさんの緑があり、ウィーンはいつでも、心を落ち着かせることのできる街。

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シェーンブルン宮殿①

夏の離宮として、17世紀末にフランスのベルサイユ宮殿を手本として建設されたシェーンブルン宮殿。完成は18世紀の半ば。
シェーンブルンとは『美しい泉』の意味で、17世紀初頭、当時この地にあった狩の森で美しい泉が発見されたことに由来しています。
広大な庭園には、動物園や温室、迷路や馬車博物館などが点在しています。
また、宮殿内部は、二階部分が公開されています。
外壁は、マリア・テレジア女帝が好んだ黄色、マリア・テレジアンイエローに塗られています。

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庭園の高台にあるグロリエッテ。
その前には、ネプチューンの泉と呼ばれる大噴水が見えます。

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下の写真は、高台にあるグロリエッテから見た宮殿とウィーン市内の様子。 市内で一番高い建物、シュテファン寺院が見えます。
宮殿の庭園側外壁は、化粧直し中です。(キレイな写真をお持ちの方はいませんか?)
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庭園内の森に住むリス。 人を怖がりません。 
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 庭園内に配置されたローマ遺構風の建造物
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シェーンブルン宮殿②

シェーンブルン宮殿は、6歳のモーツァルトが、初めてマリアテレジア女帝の御前演奏を行った場所として有名。 また、対ナポレオン戦争の戦後処理を行ったウィーン会議の舞台にもなりました。
宮殿2階は見学コースになっています。 全部の部屋を見学できるグランドツアーと、前半分の部屋のみの見学のインペリアルツアーがあります。 
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団体ツアーは、インペリアルツアーのようで、後半分は、結構、静かで、空いていました。
団体客向けのガイドさんの説明が他のお客さんの迷惑にならないよう、最近はガイドさんの説明を無線で団体客のイヤホンに飛ばす方式が流行っているようです。
ただ、突然、団体客が一斉に笑い出したりして、周りにいる人にとっては、かなりブキミです。
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美術史博物館①

  リングをはさんで、王宮に対峙する位置に、双子の博物館 『美術史博物館』と『自然史博物館』があります。
美術史博物館は、パリのルーブル、マドリッドのプラドと並んで、世界三大美術館と称せられています。
特に2階のブリューゲルのコレクションが有名です。
また、双子の博物館の間には、マリア・テレジア像が。
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美術史博物館は、マリア・テレジアのコレクションが基礎に、自然史博物館は、彼女の夫、フランツ1世のコレクションが基礎となっています。
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美術史博物館②

正面の階段を上って、まずはメインである二階へ。
階段を登ったところの壁面の上部に、クリムトの作品が。 あまりに高いところにあるので、双眼鏡か、カメラの望遠を使わないと、見ることができません。
気がつかない人が多いかもしれません。
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             クリムトの壁画『古代ギリシャ』
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             クリムトの壁画『エジプト』
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                    ラファエロ『草原の聖母』
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      ベラスケス『青いドレスのマルガリータ王女』
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ブリューゲル『農民の婚礼』
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                    ブリューゲル『バベルの塔』

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美術史博物館③

次は、一階のエジプト展示室に。
エジプトっぽい品々がいろいろ展示されていました(笑)

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カールスプラッツ周辺(駅・カールス教会)

出発前にインターネットで予約していた楽友協会でのモーツァルト・コンサートのチケットを受け取りに、カールスプラッツ周辺へ。
この辺りには、アーチ型の屋根を持つオットー・ヴァーグナー作のカールスプラッツ駅と、カールス教会があります。
カールスプラッツ駅は、2つの向かい合う駅舎から成り立っていますが、そのうちの1つは、カフェーになっていました。 (もう一つは、地下鉄の駅として使われています。)
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カールス教会前の公園には、たくさんのチューリップと、桜に似た木が咲いていました。(本当の八重桜かも知れません)
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カールス教会は改修工事中で、教会内部に足場が組まれていま
した。観光客はエレベーターに乗って、ドーム近くの足場まで行くことができ、真近かに天井の壁画を鑑賞することができるようです。
高所恐怖症でないかたは、機会があれば、登ってみて下さい。
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シェーンブルン宮殿コンサート

宿泊するホテルから地下鉄で7駅、20分くらい。
いったんホテルで休んでから、シェーンブルン宮殿の一部であるオランジュリー(オレンジを栽培していた温室)でおこなわれるコンサートに出かけます。
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もともと温室のため横長の建物と聞いていましたので、良い席を確保するため、開場時刻の30分前に到着しました。 席は、A、B、Cの3クラスあり、Aクラスは、観光バスで乗り付けてきた日本人をはじめとする団体客ばかり。 自分達は早めに来た甲斐があって、Bクラスの一番良い席を確保することができました。
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Bクラスの席になると、ちょっと着飾った地元の方が多かった気がします。 ちょっとドイツ語っぽい英語で、いろいろと教えてくれる気さくな方が多かったです。
オペラやバレエの楽曲を含む、10曲弱の演奏の最後は、やはり、ラデツキー行進曲でした。

ラデツキー行進曲 「radetzky.mp3」をダウンロード

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  宮殿内には動物園もあります。市民の憩いの場。
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